刀身銘 『為友人芳水隠士兼定(之定)作 紀元二千五百三十四年春三月』 種別 刀 長さ 22センチ 反り 0ミリ 元幅35.2ミリ 元重 7.9ミリ 先幅32.8ミリ(造り的に概ね) 先重6.1ミリ 刀身重量338グラム拵え重量191グラム(すべて約です) 日本美術刀剣保存協会鑑定書付 福岡県教育委員会
11代和泉守兼定は兼定中最も人気の刀工で、現存品は若くして廃刀令の時代を迎えてしまったために数が非常に少ない。
こちらの短刀は 所謂加茂打ちと云われる最後の年号となる。福島(会津)に戻る明治7年の作刀はこちらの短刀を除くと、殆ど皆無で、明治9年以降福島県に奉職して鍛刀の場から離れました。
恐らくは、加茂でお世話になった芳水隠士との別れ際に最後の作刀という想いを込めて持てる技術を結集した短刀のように思える。
出来は切り付け銘部分は相州行光を写した直刃の中にあらゆる働きが入る激しい相伝で差し表は郷義弘を寫す様な金線、砂流し、湯走り、葉など激しい大乱れを演出している。これを片切刃で作刀するなど、まさに唯一無二の最高傑作といえる。また、拵えも当時にそのままこの刀身に合わせて作られた拵えで、もしかすると11代兼定の同作の確率が高い堅木拵えである。
内外共に非常に貴重で本来価格付けが非常に難しい商品ですが、歴史背景などを抜いたあくまで11代のゴリゴリの傑作短刀としての最低評価としました。まさにこれ以外ない唯一無二の逸品です。
会津和泉守兼定は新選組土方歳三の愛刀として有名です。室町期の濃州関兼定の三代目にあたる孫を古川孫一郎または孫四郎といい、慶長年間に会津藩主蒲生氏郷の鍛冶となり、奥州兼定の初代となる。以後、古川兼定家は会津における最も古い刀工の家柄となり、幕末まで刀鍛冶として連錦をかざり、三善長道、松軒元興らと共に会津を代表する刀工です。十一代和泉守兼定はその最後を飾る良工です。











